嫌われ松子の一生」という映画を終演間近で見る。予備知識ゼロ。この間見た「下妻物語」と同じ監督らしく、うますぎていやになるほど達者なスピード感と、おかまっぽい色使いが似ていた。
CM業界で培われたあらゆる技術を投入することで、カネゴンならば本来耐えられないほど陰惨極まりない話を、口当たりさわやかな話に仕立て上げることに成功している。70年代のように陰々滅々にもせず、80年代のように軽薄浅薄にもせず、90年代のように白け淡白にもせず、00年代らしく完成度の高い、隙のない作り。さまざまなネタが汲み上げ尽くされてしまった昨今、どこの業界も完成度を高める以外にやることがなくなってしまったことを痛感【真逆を進むおれカネゴン】。ほとんどのシーンが2回繰り返されるので、カネゴンのように映画文法の理解力に問題があってもついていけるよう配慮されている。途中に登場する牧師の説教は、はっとさせられた。
内容は、日常生活の片隅で時折見かける気の毒な人の、世に知られざる内面を観客が安全圏からこっそりのぞき見るというもの。世に純文学と言われているものはどう転んでもただの覗き見趣味であることを痛感させる一方で、こんなものまでエンターテイメントに組み込んでしまう貪欲さに恐れおののく【覗き見されるおれカネゴン】。いわゆる「暗すぎて笑える」路線なのだけど、画面と音楽があまりにおしゃれで、テンポがものすごくよいため、下手をすると暗さに気付かず家族揃って楽しめてしまう可能性も。
下妻物語」同様によかったのが(これを好まない人も多いと思うけど)、徹底的にディズニーランドっぽく作ったことで「半端な文芸趣味」(©色川武大)が結果的に完全に追放されていること。カネゴン色川武大に間接的に教えられて以来、文芸趣味ほど始末に悪く害の大きいものはないと信じるようになっているので、後2つ3つこんな感じの映画を作って、世に根強くはびこる文芸趣味にぜひとも止めを刺して欲しい【やみくもリベンジおれカネゴン】。

神が、友達のように気軽に付き合える相手だったり、こちらの顔色をうかがうような神経の細やかな相手だったりしたら、やはり問題なのだろうか【門前払いのおれカネゴン】。

映画秘宝2006.08、P37より

  • 信仰とは、論理的な確証のないものに向かって身を投げることだ。

セーレン・キエルケゴール

これでキエルケゴールを読まずに済んだ【省エネルックおれカネゴン】。