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ニュートラルに行くと緑の恐怖が。「The Saga of Karate fool」はさすがに違うんではという鋭い突っ込みが。何だか打ち所が悪くて、熊と戦っていることにも気が付かない「かわいそうな人」という感じだとのこと。うーんなるほど。そこまでは気が付かなかった。思わずカネゴン大笑い。
しかし後から思えば、これは「空手バカ一代」のニュアンスとしてますますふさわしいような気がする。大山倍達(ただし現実のではなく、空バカに登場するバーチャルなマス・オーヤマ)なら、「Karate crazyではない! Karate foolだ!」と言いそうなので。「Karate stupid」というと(文法は間違ってますが)ちょっと間抜けな感じになってしまいそう。
空バカ好きなら一度は通る道だと思うのですが、大山倍達の「世界ケンカ旅行」などの一連の著作を見ると、「空手バカ一代」の大山倍達像とかなり異なっているのに驚かされる。自伝の方では、かなり好色かつ暴れん坊なニュアンスで、空バカの感動的なエピソードも、実際には風俗帰りに襲われたとか、そういう感じで描写されていた。「女の肌が恋しい」という感じは少なくともひしひしと伝わってくる。
実際の大山倍達の家の壁には「目標のためには馬鹿になれ。汝は世紀の大馬鹿者だ」と自分で張り紙をしていたそうなのだ(デビュー前(?)の実話)。梶原一騎が感動したのはおそらくこの辺だと思う。そのイメージだけをふくらましてバーチャルな倍達像ができたのではないか。やっぱりカネゴン好きです、真剣に。