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どこかのメール配信ニュースで、「linux の作者である Linus が、自伝中で Mach を酷評した」というニュースを読んだ。「ありとあらゆる設計ミスがあり、しかもまだ増えている」のだそうだ。
説明すると、Mach とはいわゆる「マイクロカーネル」と呼ばれる技術を実現(業界用語では「実装」)したもので、カーネギーメロン大学部屋出身。要するにおまけをつけすぎて
戦艦大和みたいに身動きが取れなくなってしまったオペレーティング システムを軽くしようというのが狙い。
他にもこういうマイクロカーネルの実装はいくつかあるが、MachはMac OS X (の前身NeXTSTEP) で採用されたことで知られている。しかし、Windows NT のマイクロカーネルにも、実は
ほぼそのままMachが使われていて、カーネル技術者が見ればすぐわかるのだそうだ【確認しとらんだろおれカネゴン】。この情報が古くないことを祈る。
ということは、いつの間にかMac OS X と Windows 2000(NTの後継だから) は2親等ぐらいの親戚関係にあると言ってもよいことになる。まるで南朝北朝である。どっちが南朝かなどと書くと命が危ないのでやめておく。そしてまとめて Linus に酷評されるとは。南無阿弥陀仏。
マイクロカーネル(意思決定と人事だけやり、後は部下に任せる)と伝統的なカーネル(零細企業の社長のような何でも屋)の問題は、そのまま現実の問題でもある。どちらを選ぼうと、やらせたい仕事の数を減らさない限り問題の数も減らないような気がする。ついでに書けば、Windows NT のマイクロカーネルは、本来の思想に反してビデオ表示回りをカーネルに組み込んでしまっている。要するにスピードを上げるためなのだが、まるで仕事ののろい部下に任せておけず「どけ!俺がやる」と手を出してはまる社長のようでもある。