バイトしないといけないのについ「マトリックス」見てしまった(しかも3回目)。他にもしないといけないことは山積み。嗚呼。

見ていて、何だかモーゼの大部隊がエジプトを脱出してカナンの地に行くところを思い出してしまった。エジプトで奴隷(マトリックスの世界)になっている状態は自由はないけど衣食住は不自由しない、カナンの地への道中(リアルワールド)は自由がある代わりに食うものもろくすっぽない。モーゼ(ネオ)は奴隷の中ではインテリで、エホバに命令されたから仕方なく民衆を率いるけど内心はくよくよしてたりする。道中「エジプトに帰りてー」と泣きごとを言う奴が続出して裏切り者としてエホバにまとめて殲滅されたりする。そしてカナンの地(ザイオン)では昔の苦労をけろっと忘れて心を失ってしまう。色川武大は「自分もその中にいたら、『エジプトの方がましだったかなあ』と思いながら口に出せずにいたかもしれない」と名著「私の旧約聖書」で書いていた。何でも米国では、マトリックスの話を本気で信じてネオを「神」と呼ぶ人が続出していると映画秘宝に書いてあったけど、出エジプト記と同じ構造で奇跡ももれなくついているなら無理もない。

となれば次作「マトリックス リローデッド」はカナンの地と同じことが展開する可能性が高い【当たるもんかえおれカネゴン】。モーゼはカナンの地を目前にしてエホバに「おまえはここで死ぬ」と言われるけど、きっとネオもそうなる。橋田壽賀子山崎豊子でもそうする。こういう話はいやというほどたくさんあったりするので別にマトリックスが特別という訳ではないですが。しかし一見少年ジャンプかコロコロコミック並のストーリーにすら旧約聖書の影がちらつくのは何だか感慨深い【勝手に見い出すおれカネゴン】。たぶんウオシャウスキー監督兄弟に聞いても「はあ?」とか言われるだろうけど。

マトリックスの舞台を新宿にして登場人物を日本人にした映画をやったりしないのだろうか。著作権でギンギンに縛られた昨今、そういう牧歌的な創作はもう不可能なのかもしれない【こいつのことかおれカネゴン】。ネタに詰まったら聖書やイソップ物語(手塚治虫もネタにした)やギリシャ悲劇や近松門左衛門からパクれば「教養」と呼んでもらえて一石二鳥【きりきり働けおれカネゴン】。