つまらんことを考える。6/20の日記の最後で、生物の進化がもはや確率で語るしかなくなったらしいということを書いた。翻訳にもある意味同じことが言えないだろうか。ある英単語や文が日本語でこれこれこういう意味になる確率は何%みたいな考え方を導入した翻訳ソフトというものはあるだろうか。既にあったりして。その確率の行列演算が翻訳と言い切ったら恐い人達に睨まれてしまうだろうか。この考え方を馬鹿正直に実装したらたぶんあっという間に演算量が増加しまくるので、量子力学的な演算が可能になるまでお預けになりそう。その一方誤訳もその確率に含まれるもので、だから起きやすい誤訳と起きにくい誤訳というものもあるはず。

いわゆる技術文書や論文から始まって、特にマニュアルは、その確率を極力上げる(意味のぶれを避ける)方向に書くのが普通だろう。逆に、俳句は確率を下げるところにその意義があるみたいな。翻訳とライティングをごっちゃにしてしまったけど、自分のためのメモということで平に御容赦【容赦はせぬぞおれカネゴン】。