神というものの本質を問うことはできないのですね。神については信じるか信じないか、その二つの態度しかどうやらありえないのです(中略)日本に普通に暮らしていると、人と神との契約というものの厳しさをなかなか実感しにくいところがあるのですが(中略)だから、「ここはひとつお願いしますよ」と近所のご隠居や大工に頼み事をするようなするような調子ではいかんのでしょう。(色川武大「私の旧約聖書」--うろ覚え)

この「ひとつお願いしますよ」という口調が何ともすっとぼけていて、不遜とも僭越ともつかないおかしみがある。こうして書いている今もにやけてしまう【疲れておるなおれカネゴン】。