俳句や詩作のことなど全然わからないけど、「おーいお茶」の横に書いてあるのを見たり週刊モーニングの俳句漫画を見たりした限りでは、どうやら「いかにして円環を閉じないようにするか」ということを皆目指しているらしい。言葉がその場で回ってすぐ元の場所に戻ってしまうと「余韻がない」とされているのかも。逆に議論をするときは余韻は即誤解の元なので速やかに排除される。とにかく、言葉がなるべく遠くまで回って(できればあまり複数のルートを取らないで)、しかも元の場所に微妙に帰れないと、多体問題のごとく相当複雑な軌道を描くことになる。たぶんそういうのがいいのだろう【余韻韻韻おれカネゴン】。俳句は一種の行列演算である予感。