今頃になって稲葉振一郎経済学という教養」で寝不足に。電車の中でほぼ読了。カネゴン脳にはかなり難しかったけど【出血しそうなおれカネゴン】、もとの議論の要素が多くてややこしいので仕方なし。ともあれ、いまどきの読書好き(=趣味はトンデモ叩き)にはまんべんなく共感を得られると思う。全編の半分以上をマルクスと左翼に使っていたのは意外。こちら方面の思想を終わらせるにはこれだけ手間暇かけないといけないことを痛感。

正確には覚えていないけど、対象となるのは「ヘタレ中流文系かつ理系指向読書人」みたいなものだったような気がする。この言葉と共に指差されて胸に痛みが走らない人はそうそういないと思われるので、カネゴンがそうなったのも無理もないのかも【言い訳するとはおれカネゴン】。

稲葉さんは、今まであったものについて極力「一刀両断」にしないことを心がけているようにも思えた(無駄な喧嘩を避けるための可能性もあり)。昔みたいにイデオロギー一直線というわけに行かなくなった昨今、門外漢が何とか自分の立場をふわふわさせずに議論を進めるには稲葉さんのように大急ぎかつ網羅的にアプローチする以外に近道はないのかもしれない。ラスト近くに確か「すべての人が(たとえば経済の)専門家になれないのは仕方がないけど、せめて一人一人が何らかの専門家たることによって、他の専門家の仕事に対する尊敬の念を感じる(かつそれによって他の専門家を批判する)ようになればいい」みたいなことが書かれていて、やはり地道に進めるしかないのかもしれないと思えてきた【常に性急おれカネゴン】。

もはや、「たった一つのイデオロギーに心酔して大暴れする」という究極の快感を得ることは今後どんどん不可能になっていくかもしれない。物分りがよいあまり我慢しすぎるとある日突然暴発するかもしれないので、いかにしてガス抜きするかが今後激しく重要になりそうな予感【我慢が足らぬおれカネゴン】。