ドミソとミソドは同じ響きなのだろうか。(特にジャズ系の)和声を習った人なら「同じ」だと主張するだろうけど、カネゴンが観察する限り、楽器を演奏しない人はドミソとミソドを違うものとして認識していることが多いような気がする。ドミソとミソドが同じものであると見なすのは訓練によって獲得可能な一種の抽象化で、これがあるからこそ各種の和声法が発達したのだと思うのだけど、同じでないという認識も十分に正当なものだということはつい忘れがちだったりする【そして忘れるおれカネゴン】。