日曜夜のBS世界のドキュメンタリーで、イスラム過激派の特集とユダヤ過激派の特集を2本立てで放映していたのをつい見てしまう。どちらの番組もイスラエルのプロダクションが製作したというのが何だか意味深。

その番組の中で、メイヤ・カハネとか言う極右の指導者が、イスラム側の過激派によって暗殺された後も強い影響力を持ち続けていると報道されていた。こうしてみると、敵の指導者を下手に暗殺すると逆に聖人扱いされてしまい、事態がさらに深刻になってしまうことを痛感。むしろ、敵の指導者の恥ずかしい写真を何とかして撮影してばら撒くことを競い合う方がよほど効果的なのかもしれないと思えてきた【盗撮勧めるおれカネゴン】。これこそ最も進んだ戦争の形態。

あるいは、百年の恋もいっぺんに冷めてしまうようなマジックワードを真剣に研究し、これを究極の武器または飛び道具として磨きたてる必要があるかもしれない。田原俊彦が「俺はビッグだ」と発言した途端、何かが音を立てて彼から飛び去ってしまったのだけど【わしらの仲間よおれカネゴン】、その何かを飛び立たせてしまうマジックワードを今こそ平和のために全力を挙げて開発しなければ。谷川俊太郎を遥かに上回るスーパーウェポンとして破壊力を増幅しなければ。人が言葉によって生きるのであれば、人が言葉によって(社会的)生命を絶たれることも十分ありだと思う。

あるいは、売れる要素を残らずぶち込んだはずの映画が、いじればいじるほどどうしようもなく駄目な作品になってしまう瞬間があるけれど、その微妙極まる原因を真剣に研究していつでも再現可能とし、武器としてとことん洗練させてから恥ずかしい写真とともにばらまく必要があるのかもしれない。かつてイコンが禁止されていたのはそのような攻撃に対する古代の防衛策だったのかもしれない。