「霊はいる」と信じるならとことん信じるべし。中途半端に信じるものではない

先日たまたま視聴した放送大学で、ベンサムの功利主義型関数について非常に面白いことを講義していた。うろ覚えのまま書いてみます。

W=U1+U2+…+U

という功利主義型関数を例にとり、「ここには実は目に見えない係数が存在します」と説明されていた。具体的には、すべてのU(つまり個々の人間の幸せの度合い)について、社会に対する貢献度が暗黙のうちに「1」であると設定されているとのこと。個々の人間の社会に対する貢献度は当然ばらつきがあると考える立場もあるわけで、それをあえて強引に1に設定したところにベンサムの思想が反映されているのだそうだ。方程式には思想がもろに現れるということの例。

少々強引だけど【大変強引おれカネゴン】、たとえばこういう形で霊がいつの日にか姿を見せることがまったくないとは言えないのではないかとそのとき思ってしまった。カネゴン自身は特にとかを信じているわけではないのだけど【何たることをおれカネゴン】、その代わりカネゴンの場合「ありとあらゆるしがらみ」を仮に先祖と呼んでいるので、少なくともそういう形での霊は歴然と存在する。