荒俣宏が昔何かで「植物は面積を占めることが最大の欲望になっている」と指摘していたことがあった。つまりは縄張り争いは植物こそ本家であり、抗争絶えない武闘派ヤクザは優れて植物的な存在ということでいいだろうか【上納するのはおれカネゴン】。
逆に、勉強のできるアメリカンな人は縄張りそのものよりも影響力の方を重視する傾向があるようにカネゴンには思える【金も力もおれカネゴン】。