昨日の「アンディ・ウォホールを撃った女」の続き。

カネゴンが尊敬して止まない色川武大だけど、阿佐田哲也名義で結成した麻雀新撰組カネゴンとしては長い目で見て良い企画ではなかったと思っている。それはそれで劇画のネタになったり、いろいろと話題を提供したりしたと思うのだけど、何より本人が途中から後悔し始めていた。というのも、麻雀新撰組にあこがれたあげく人生を棒に振る若者が続出したからで、色川武大の家にも新撰組志望の若者が無遠慮に押しかけてきたりしても、自分の撒いた種である以上断りにくく、いろいろと煩悶していたらしい。カネゴンの麻雀は最弱につき、たとえその時代に思春期を迎えていたとしてもそういう野望を持ちようがなかっただろうけど【果たしてどうだかおれカネゴン】。

それでも、色川武大の場合、まだカリスマごっこに対する後ろめたさと罪の意識があっただけよかったと思う。アンディ・ウォホールは、撃たれた後恐怖のあまりファクトリーとやらを閉鎖したらしいけど、果たしてその種の後悔に囚われただろうか。何も調べてないのでわからないけど、たぶんそうではなかっただろうと想像している。