昨日ああ書いたあと思う【思うべからずおれカネゴン】。
カネゴンが繭(子供)の頃は想像もつかなかったのだけど、「自分の死に途方もない意義を見出して死ぬ」ことの快感は他の何者にも代えがたいものらしい【あの世が趣味のおれカネゴン】。高齢化社会の本当の問題は、ほとんどの人の死にどよめきと慟哭と喝采と打ち上げ花火と爆竹がないことなのかもしれない【嘘泣きするとはおれカネゴン】。
そう考えれば、世を救わんとして我と我が身を即身仏とする者の気持ちを少しは推し量れるのではないかと。今後、人の死にかつてない画期的な意義をもたらす者は、世界の王になる。