yomoyomoさんのフィフス・エレメントに習って、カネゴンもいろんな意味で自分の成分になってしまったものを5つ限定で書き出してみることにする。なるべく恥ずかしいあたりを厳選。

もう何度も書いたので恐縮なのだけど、カネゴンの内部コアの主成分は間違いなくこれでできている。ここに登場するあらゆるものをカネゴンはとことん慈しみ、本気で愛する。その後カネゴンが映画、TVドラマを見るたびに「レインボーマンより面白いかどうか」という標準原器ともなる。

このムックを書店で見かけてしまったのがすべての間違いの元だったと思える。一目見て、羽良多平吉による完全に発狂したブックデザインに身も心も虜になってしまった。カネゴンの外部コアを構成している。ここに登場する数々のテクノ/ニューウェーブの音楽の大半は、実際に耳にしたのが20数年後のYouTubeでだったりするぐらいなので、何年もの間どんな音なのか全然知らないまま繰り返し眺め暮らした。
カネゴンにとって遊もビックリハウスロキノンもガロもYMOもパンクもすべてこの延長線上にある。実際これらの雑誌はみなそれぞれの広告ページで互いを宣伝し合っていて、カネゴンの知らないところでどういう秘密結社だかコングロマリットだかが形成されているのか長年いぶかしんでいた【サブカル風味のおれカネゴン】。

ただし原作の4巻まで。カネゴンに笑いというものを骨の髄まで叩き込んでくれた。当時としてはあまりに斬新な笑わせ方に打ちひしがれ、一コマごとに「なぜこの部分がこんなにおかしいんだろう」と考えながら繰り返し読み込んででいた。後に「おれたちひょうきん族」を初めてTVで見たとき、こんなのはうる星やつらの猿真似ではないかとすっかり見当違いしたまま本気で怒ってしばらく見ようとしなかったカネゴンでした。今から思えば笑いのマントル対流が同時多発的に流れを変え始めていたんだと思う。筒井康隆も各種SFも皆この延長線上にある。
なおアニメの方は「ビューティフル・ドリーマー」とかも含めて全然ピンとこなかったので、押井守のどの辺がいいのか未だ知る機会がないままだったりする。

わずか128バイトのメモリで動作したワンボードマイコン。意味も分からずマシン語で無理矢理変なプログラムを作り、雑誌に掲載されたのが辛うじて良い思い出。当時読んでいたコンピュータ雑誌(ASCII、RAM、I/O、マイコン)それぞれに影響され、あげくの果てにRAM誌に載っていたYMOの記事とASCIIのシンセサイザー自作記事にはまって音楽へと折れ曲がってしまい、ついにプログラミングはできるようにならなかった。

岩波書店の上下二巻を暗唱するまで繰り返し読んでいた。当時からカネゴンはちっとも多読でなかったことに気付く。特に玄宗皇帝の地獄巡りのエピソードが全体の中で歴然と浮いているのが当時から気になっていて、カネゴンの地獄への憧憬を育んでいたかもしれない。その後カネゴンがどれだけ長いお話や漫画に出くわしても「西遊記より面白いかどうか」で即座に見切りを付けられるようになったと言える。麻雀放浪記も伝奇集も何もかもこの延長線上にある。