そこに載っていたわかるとはどういうことか -- 認識の脳科学カネゴンでもわかるように言い直せばこんな感じだろうか:

人間はあらゆるものを似顔絵にしないと理解できない。生の事実にじかに触れると情報量が多すぎて発狂してしまうから。似顔絵が面白いのは、似顔絵を描く人がどういうふうにものごとを理解しているか、その途中経過が手に取るようにわかることのできる、数少ない表現方法だから。似顔絵には無限のパターンがありうるけど、一人の人間が心に描ける似顔絵には限りがある。わかるというのは、自分が描ける似顔絵のボキャブラリー(しかもその書き順まで含まれる)に何かのはずみでぴたりと符合すること。ボキャブラリーだから、それがない場合は練習して身につけないとなかなか符合しない。教育の目的の一つは、自分で似顔絵ボキャブラリーを増やせるようにすること。かといって、最初から似顔絵にした状態で与えられてばかりいると、似顔絵ボキャブラリーを自分で増やす力が衰えてしまう。ボキャブラリーは、なるべく他の人のそれと共通点がある方が望ましい。いや本当に。