例のMind Hacksで、最後の方に次のような実験がいくつか紹介されていた。例によって記憶から。

被験者にクイズを解かせる。実は被験者には内緒で、あるグループにはクイズに攻撃的な言葉を織り交ぜ、対照群には普通の言葉を使用する。すると、攻撃的な言葉を織り交ぜられたグループの被験者は物腰が知らず知らずのうちに乱暴になる割合が増えた。

ポジティブな言葉をいっぱい聞かせたグループと、ネガティブな言葉をいっぱい聞かせたグループにそれぞれ試験を受けさせた結果、前者の方が成績がよかった(だったか速く走れるだったか忘れた)。

これらの実験がどのぐらいの精度で行われたのか知らないのだけど、西洋人はこういうのが心の底から好きらしいことを痛感。カネゴンアイにはこれらは実験というより自分たちのあらまほしき願望を確認する作業のように見えてしまう【叶わぬ願いとおれカネゴン】。とかく脳がらみの実験は、実験者側の意図とか願望が思った以上に強く結果に作用しがちというか、客観性を保つのが難しいというか、自分の座っている木の枝を切るようなことになりそうというか。