恐竜に羽が生えていたというニュースは今朝TVでも見かけた。カネゴンアイにはまるで水墨画のような達筆に見えてしかたがなく、自然のものとはにわかには信じがたい。別に疑るわけではないが、始祖鳥の化石が偽物であったという事件もかつてあったこともあり、頭から信じるのも気が引ける。

考古学に限らず、「やれば必ず報われる」ようなものごとというものは、実は極めて少ない。外からはいかに楽しそうに見えようとも、学問世界が厳しい現実世界から隔絶されているはずもなく、やはり現実世界と同じ競争もあれば足の引っ張り合いもあるし、成果が出せなくて都落ちということはむしろ現実より多いぐらいかもしれない。考古学でも、苦しみぬいても成果が出せるかどうかがわからないというときに、そういう誘惑にかられずに済むことの方が難しいだろう。「ダイエット」が一向にすたれないのは、それが数少ない「やればやっただけ目に見えて効果が現れる」作業からだとカネゴン確信している。別に脳がどうしたこうしたを持ち出さなくとも、ダイエットは本質的に中毒するようにできている。

既に指摘されていることなのだろうし以前にも書いたような気がするが、社会人が学校に行ったり習い事をするのが流行るのは、そういうあこがれに突き動かされてのことだとカネゴン思う。でも、受験勉強の季節が過ぎた後、やればやっただけ報われるものごとというのはそうそう見つかるものでもない【おれカネゴンは受験勉強しとらんだろ】。好きなことと仕事を一致させるのは想像以上の難事業であり、勝ち目は決して高くない。