そういう意味で、「〜が嫌い」という主張の文章ほど巧拙がくっきりと分かれるものはないと常々思う。ヘイト文は、それが本気であればあるほどつまらなくなる可能性が急激に上昇する。世間で見かけるエッセイストは皆文章がうまいので、裏返しの愛情を隠し味にすることでそういう文章を面白おかしく読ませることができているけど、実際にはかなり難易度が高く、手ごわい。カネゴンにはとてもそんな高度な文章は書けないので、そういう文章を書かずに済ませる方向につい持っていってしまう。