昨日書いた「ツァイガルニク効果」なのだけど、実はこれこそ文学の本質であり、交通事故か何かでこの効果がひとたび大脳から失われたら最後、ありとあらゆる文学・漫画・映画・演劇がこれっぽっちも楽しめなくなってしまうということはないだろうか【事故がなくてもおれカネゴン】。
旧約聖書はまさに、ツァイガルニク効果を最大限効率的に刺激するための書物であり、他国に征服されて各地を彷徨うはめになったかの部族が、記録で負けても記憶で勝った長嶋茂雄新庄剛志のごとく、自分たちがこてんぱんに負けた事実を、ツァイガルニク効果によってオーラスの配牌をいつのまにかトップの相手とツバメ返しの如くすり替えて逆転勝利することを目指して制作されたのだとカネゴン考えることにいたします【九種九牌おれカネゴン】。
従って、近い将来異星人とのコンタクトに成功したときに【近いつもりのおれカネゴン】、異星人に地球の文学や漫画や映画や演劇をどんなに必死で宣伝しても、彼らもまたツァイガルニク効果に侵されていない限り、ポカンとされた後に爆笑または冷笑される可能性が高いという帰結が導かれる。